現代の急激な市場変動、技術革新、さらにはグローバル化の進展により、企業は従来の主力事業のみで成長を続けることが難しくなっています。事業の多角化は、こうした環境下で企業が持続的な成長を実現し、経営リスクを分散するための有力な戦略として注目されています。本記事では、事業の多角化の基本概念から戦略の分類、メリット・デメリット、実行プロセスに加え、特にフランチャイズ導入が事業多角化において非常に有効である理由について、具体例や最新の実務知見を交えて詳細に解説します。
事業の多角化とは、企業がこれまでの主力事業に加え、新たな市場や製品、サービス分野へ進出することで、収益源を拡大し、経営リスクを低減する戦略です。アンゾフの成長マトリクスにおいては「新規市場×新規製品」の戦略として位置づけられる「事業の多角化」は、伝統的な企業が直面する市場飽和や製品ライフサイクルの短縮に対抗するために採用される手法です。また、内部リソース(技術、ノウハウ、ブランド力など)の余剰部分を有効活用し、企業全体の経営効率を向上させることも目的の一つです。さらに、複数の事業展開により市場の変動リスクを分散し、ある分野で不調があった場合でも他事業がその損失を補完する仕組みを構築できます。
過去数十年にわたり、グローバル競争の激化、デジタルトランスフォーメーション(DX)の進展、技術の急速な革新などが進む中で、従来の製品・事業だけではなく、新たな事業領域に挑戦する動きが加速しました。たとえば、従来のフィルム事業を営んでいた富士フイルムが、医療機器や化粧品市場に技術を応用して事業の柱を再構築したことや、楽天がインターネットショッピングモールから金融、通信、旅行、保険へと事業を拡大していった事例が示すように、環境変化への柔軟な対応と事業リスクの分散が求められる時代背景が、多角化戦略の採用を促進しています。
企業は事業の多角化にあたり、自社の特性や進出する市場の性質に応じて、さまざまな戦略を選択します。以下に代表的な4つの分類とその特徴を具体的に説明します。
概要と目的
水平型多角化戦略は、既存の顧客層、販売網、そして技術・ノウハウを活かし、関連性の高い新製品やサービスを同じまたは類似した市場に投入する手法です。これにより、既存の経営資源を最大限に利用しながら、顧客の幅広いニーズに応えることで、収益拡大とブランド力の強化が図れます。
具体的事例
例えば、家電メーカーが従来の家庭用機器の技術を応用して業務用機器や新たなカテゴリーの商品を展開するケースなどが挙げられます。既存顧客に対して新たな製品を提案することで、顧客基盤の中でのシナジー効果を生み出します。
成功のポイント
・既存の市場・顧客について綿密な市場調査を行い、需要の正確な把握をする。
・ブランドイメージや技術力を維持しながら、商品ラインの拡充を図る。
概要と目的
垂直型多角化戦略は、サプライチェーンの上流(原材料調達、加工)または下流(流通、販売)に進出する方法です。この戦略により、コスト削減、品質管理の向上、供給チェーンの統制が強化され、市場での競争優位性が確立されます。
具体的事例
たとえば、食品小売業が自社ブランド商品の製造や物流を内製化するケースや、セブンイレブンが自社工場で商品を製造し、直接店舗で販売するシステムを構築している例が挙げられます。
成功のポイント
・サプライチェーン全体の可視化と効率化を図り、原材料から販売までの一貫管理体制を整える。
・内部統制を徹底し、各段階のリスクを低減するための改善策を実施する。
概要と目的
集中型多角化戦略は、既存の技術やノウハウ、経営資源を活かしながらも、これまで未開拓の新市場に同じ製品または技術を応用して展開する手法です。主に既存事業の強みを別市場で活かすことで、新たな顧客層の開拓と収益の多角化を図ります。
具体的事例
富士フイルムが従来のフィルム技術を応用して医療機器や美容関連製品に進出した事例が好例です。これにより、フィルム市場の縮小に対応し、事業の再生を図ることができました。
成功のポイント
・進出先の市場環境、顧客ニーズ、技術適用の可否を入念に分析する。
・市場独自の競争要因に合わせたカスタマイズ戦略を採用し、既存製品の技術改良や新製品開発を促進する。
概要と目的
集成型多角化戦略、またはコングロマリット型多角化戦略は、既存の事業や技術、顧客基盤とは全く無関係な新分野に進出する、いわばハイリスク・ハイリターンの戦略です。成功すれば企業全体の収益源を大幅に多様化し、経営リスクを分散させる効果が期待されます。
具体的事例
楽天がEC事業を基盤としながら、金融、旅行、通信、保険など全く異なる業種に進出した例が挙げられます。これにより、楽天は消費者生活全般を網羅するエコシステムを構築し、異業種間のシナジー効果を生み出しています。
成功のポイント
・各事業に必要な独自の経営資源や能力を確保するため、M&Aや外部提携を含む柔軟な戦略を採用する。
・買収後の統合プロセス(PMI)に注力し、企業文化や内部統制の統合を成功させる。
1. 収益の増加・安定化
企業が多角化戦略を採用することにより、収益源が複数に分散し、一つの市場が不調になった場合でも全体としての収益安定性が確保されます。たとえば、デジタル技術の進展によって従来の製品ライフサイクルが短縮する現代では、複数の製品ラインを持つことは、長期的な成長と安定のために不可欠です。
2. 経営リスクの分散
単一事業への依存度を下げることにより、外部環境の変動(経済不況、規制変更、技術革新など)によるリスクが低減されます。事業が多角的に展開されている場合、ある部門の業績悪化が企業全体に及ぼす影響も限定的となり、経営の継続性が強化されます。
3. シナジー効果の発揮
複数の事業間で技術、ノウハウ、販路、ブランドなどが相互に補完しあうことで、単一事業では達成し得なかった効率向上やコスト削減が可能です。これにより、企業全体として競争力が向上します。
4. 経営資源の最適活用
既存の技術、設備、人材などの余剰資源を新たな市場に投入することで、資源の有効利用が促進され、全社の経営効率が向上します。
5. 社員の能力向上と組織の活性化
新規事業の立ち上げにより、社員は新たな知識やスキルを習得する機会が増え、組織内のイノベーションが促進されます。これにより、従業員のモチベーションが向上し、全体としての生産性が上がる効果が期待されます。
1. 経営や管理の複雑化
複数の事業を展開することで、管理プロセスが複雑となり、意思決定の迅速性が損なわれる恐れがあります。また、異なる事業領域間での調整や連携が困難になるため、内部統制の確立に多大な労力が必要となります。
2. 経営資源の分散
限られた資金や人材が複数事業に分散されるため、各事業への十分な投資が難しくなり、成長効率が低下するリスクがあります。特に中小企業の場合、リソース配分のバランスが悪くなると、各事業の成長効率が低下するリスクが高まります。
3. 多角化失敗時の大きな損失リスク
新たに参入した市場で予想通りに成果が得られない場合、投入資源の回収が困難となり、企業全体の業績悪化に直結する可能性があります。さらに、M&Aなどを通じた場合、買収後の統合失敗(PMI)のリスクも顕在化します。
4. 立ち上げにかかる初期コストの増大
新規事業を軌道に乗せるためには、研究開発費、広告宣伝費、設備投資などの初期投資が必要です。これらのコストが高額になると、短期的なキャッシュフロー悪化を招く可能性があります。
1. 市場分析と新規機会の探査
・対象市場の規模、成長率、消費者ニーズ、競合環境を詳細に調査する。
・既存顧客と新たな顧客層の違いを明確にし、ターゲット市場を絞り込む。
2. 内部能力と経営資源の評価
・自社が保有する技術、製造力、ブランド価値、人材など、進出に活用可能なリソースを洗い出す。
・進出先市場で要求される能力と自社の現状の差を明確にし、必要な投資や強化施策を策定する。
3. 戦略の策定と具体的アクションプランの作成
・どの多角化型を採用するか決定し、進出市場の選定、投入する製品やサービス、資源配分、スケジュール、予算を明確にする。
・段階的に実行するプランを作成する。
4. リスク管理とスモールスタートの推進
・初期投資を小規模に抑え、実証実験(パイロットプロジェクト)で市場反応や事業モデルを検証する。
・投資回収期間、内部統制、外部連携など、各リスクに対する対策を事前に講じる。
5. 定期的な評価と柔軟な戦略調整
・収益成長率、投資回収期間、シナジー効果など、定量的なKPIで戦略の進捗をモニタリングする。
・市場環境や内部状況の変化に合わせて、戦略や資源配分を柔軟に見直す体制を構築する。
ここまで、事業の多角化戦略全体を詳細に解説してきましたが、実際に多角化戦略を実践する上で非常に有効な手法として「フランチャイズ」が挙げられます。以下に、フランチャイズ方式が多角化戦略においてなぜ最適なのか、そのポイントを深堀りして解説します。
フランチャイズ方式は、既に成功したビジネスモデル、ブランド、オペレーションマニュアルを提供するため、新規事業を一から立ち上げる場合に比べ、初期投資が大幅に削減されます。
また、加盟店が既存のノウハウに基づいてオペレーションを行えるため、短期間で市場に浸透し、収益を上げやすいメリットがあります。
これにより、企業全体で事業リスクを低減できるとともに、急速な市場変動にも柔軟に対応することが可能です。
フランチャイズによって、成功実績のある経営ノウハウやマーケティング戦略、販路、内部統制が加盟者に提供されるため、加盟店は自社で全てを一から構築する手間を省けます。
これにより早期に安定した収益体制を構築できるほか、統一されたブランドイメージが市場での信頼性を高め、競争優位性の確立に寄与します。
多角化戦略で複数事業を展開すると、管理システムが分散しがちですが、フランチャイズモデルでは、統一されたオペレーションマニュアルや管理システムが導入され、全加盟店で標準化された運営が行われます。
これにより、加盟店間での情報共有が促進され、経営資源を効率的に配分することが可能となります。
さらに、フランチャイズ本部が中央集権的に経営をサポートすることで、迅速な意思決定と問題解決が実現されます。
フランチャイズ方式は、各地に展開する加盟店を通じて、迅速かつ広範な市場拡大が実現可能です。
加盟店間での協力や情報交換により、地域ごとの市場特性に合わせた戦略が展開されるとともに、全体としてのシナジー効果が生まれます。
例えば、広告宣伝や物流、仕入れにおいて、規模の経済を享受するため、フランチャイズ全体としての競争力が向上します。
実際に、多くの成功事例がフランチャイズ方式による多角化戦略の有効性を示しています。
国内外の外食チェーン、ホテル業界、小売業などで採用され、安定した収益増大と経営リスクの低減が実現されています。
これらの事例は、企業が新たな市場において迅速に立ち上がり、持続的な成長を実現する上で、フランチャイズが非常に魅力的な選択肢であることを裏付けています。
事業の多角化は、企業が一つの事業に依存するリスクを回避し、持続的な成長を実現するための有力な戦略です。基本的な考え方としては、アンゾフの成長マトリクスに基づき、新規市場への新製品投入を目標とし、水平型、垂直型、集中型、そして集成型といった多様なアプローチがあります。これらの戦略は、収益の増加、経営リスクの分散、シナジー効果の向上、経営資源の有効活用などのメリットをもたらす一方で、経営管理の複雑化やリソースの分散、失敗リスクといったデメリットも伴います。
そこで、実務的な多角化を成功に導くためには、細かな市場分析や内部評価、戦略の段階的実行、そして何よりも既に確立されたビジネスモデルを活用する方法が鍵となります。ここで特に有効なのが「フランチャイズ」方式です。フランチャイズは、初期投資や経営リスクを抑えつつ、確立された経営ノウハウとブランド力を利用できるため、事業の多角化において非常に理にかなった手法と言えます。
特に、中小企業や新規事業に挑戦する企業にとって、フランチャイズモデルは安定した収益基盤の確立や迅速な市場浸透を実現するための強力なツールとなるでしょう。
総じて、現代の厳しい経営環境下で企業が未来に向けて競争力を高め、安定した成長を実現するためには、計画的な多角化戦略が不可欠であり、その実現方法としてフランチャイズの活用は極めて有効です。経営者の皆様には、ぜひフランチャイズを一つの戦略ツールとして検討し、多角化による安定経営・成長促進を実現していただきたいと思います。
【注釈】
※1 リユース経済新聞( https://www.recycle-tsushin.com/news/detail_5804.php)
※2 厚生労働省( https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001099975.pdf)
日経コンパス( https://www.nikkei.com/compass/industry_s/0901 )
※3 株式会社AZWAYによるネットアンケート『「2024年にチャレンジしたいこと」1位:健康・美容、2位:スキル取得・向上、3位:副業、4位:運動・筋トレ』
( https://azway.co.jp/media/challenges-2024/)